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おやつですよ。

いつも読んでくれている方、たま~に読んでくれる方、初めて読んでくれた方、誤って読んでしまった方。ありがとう御座います。

お久し振りです、こんにちわ。華月錬です。

☆……・・

このブログの名前の由来を覚えてる人はいるかな?

私=おやつ

今日は愛犬のクーの話。
クーは私が幼稚園の年長の頃に貰ってきた子で、真っ白な毛で耳と尻尾のところが少し茶色。目がくりくりしてて、まつげが少し長めで、近所の人にも評判の美人(犬?)。

ブログの一番最初の記事にも書いたけど、昔はおばあちゃん達と一緒に暮らしていて、その時に飼い始めた。
でもそれから二年くらい経った頃におばあちゃんと両親がもめて、引っ越す事になった。アパートは動物禁止で、結局おじいちゃんとおばあちゃんに託す事に。
それから一年経つか経たないかという頃に両親は離婚して、私はまた引っ越して、今度は小学校も転校した。
しかしどちらにせよ、おばあちゃん家からは然程遠くなくて、ちょくちょく遊びに行ってはクーを散歩させていた。

それが七年続いて、私はその間に二度引越しをした。
ある時おばあちゃんがお父さんの住む仙台で一緒に住むことになって家を売る事になった。お父さんはクーを引き取れないから保健所にやるしかないかって言い出して、私は後先も考えずに「誰がなんと言おうと私が引き取る」と豪語した。
母さんにそのことを相談したら、同じようなことを言ってくれた。そいう所は親子だと思う(笑)

程なくしてクーは今の我が家へやってきて、七年振りに一緒に暮らせることになったのだ。
それが2005年7月16日。

あれから三年。家が狭くて結局中型犬なクーはベランダで暮らすしかなくて、でも居間の窓からクーが見えるからずっと傍にいれる気がした。

離れてた時間を埋めるみたいに毎日毎日かまって、可愛くて可愛くてしかたなかった。
家族みんなが帰りが遅くても、クーの気配がするから寂しくも怖くもなかった。

クーは家族で、姉妹であり、親友であり、ライバルでもあり、クーにとって私はおやつ係だったのかも知れない。

家に来た頃は妹みたいで、暫くしたら姉さんみたいで。散歩中に私が転んで逃げ出した時もダッシュでどっか行ったくせに、泣いてたら心配そうに戻ってきてくれた。
また暮らし始めた時の散歩ではお互いにどちらが先頭を歩くかで競いながら歩いて(走って)いたら、物凄い速さで散歩を終えてしまってたり。

最近じゃもうすっかり落ち着いた顔しちゃって、いつの間にか母さんの年も越しちゃって、こんなにも元気だからまだまだ一緒にいられるって思ってた。

三ヶ月前くらいからくしゃみをしだして、犬も風邪を引くもんなのかって思って、食欲あるしそんなに心配しなくても大丈夫だろうって思ってた。でも全然治らなくて、暫くしたら鼻の上ら辺に小さく腫れ物が出来て、病院に連れて行くことにした。それが二ヶ月前くらい。
でも病院に連れて行く二日前くらいからくしゃみで鼻血を出すようになって、突然怖くなった。

その時の診断では検査をしてみて、鼻以外に転移が無ければまだ手術をすればなんとかなるかもって。でも、それから二日も待たずに腫れが大きくなって、次に病院に行ったときにはもう。

物凄く進行の早い病気で、朝は変わってなくても夜には腫れが更に酷くなるっていうくらい。
そのまま進行していくと、腫れは益々酷くなっていづれは鼻だけでなく喉や目や脳にまで達するかも知れないと。もうそう長くは生きられないだろうって。

勿論手術する事も出来る、でもそれは進行を遅らせる事は出来ても完治することは無く、ましてや高齢のクーにはとても大変なことだって。
進行を遅らせることなら薬だけでも出来るから、あえて手術はしないことにした。

一ヶ月前にはもう大好きな散歩が困難になってきて、くしゃみが出来なくなるくらい腫れていた。暫くして腫れ物に圧迫されて、目もちゃんと見えているのか分からなかった。息するのも辛そうで。

病院に薬を貰いに行った時に、クーの状況を伝えて写真を見せた。
このまま進行して脳にまで至ったとしたら、突然倒れて痙攣して暫く経ってけろりとしたと思ったらまた痙攣する。そんな症状が起きるかも知れないと言われた。クー自身、今でも辛く苦しい筈だって、そうなったとしたら、安楽死も考えてあげて下さいって。

大好きなのに、少しでも長く居たいのに、でもクーが苦しむのも嫌だし、どうして良いか分からなかった。

三週間前くらいに、食べるのが大好きなクーが全然エサを食べてくれなくなった。
その前から既に固形フードではなく、缶詰のやらかいのをあげてたのに。大好物なのに。

だからよく私が肉も全部砕いてすり潰して、鰹節でとった出汁をかけて食べやすくしてあげてたりしたけれど、半分くらいしか食べてはくれなかった。

二・三日前、もうエサは食べてくれなくて、ミルクを飲むのが精一杯だった。
耳も聞こえなくなっていたのかもしれない、呼んでから触ってもビクリとして、やっと私に気付いてくれた。

昨日は急に母さんが夜に仕事が入ったので夕飯だけ作って出かけてしまい、兄さんはバイトが遅くなる日だった。だから一人でぼんやりとご飯を食べてたら、ふとクーにエサをあげてない事に気付いてベランダに出てみた。珍しく起きていて、もう立ち上がるのもままならなくて、私もなんとなく、何かをちゃんと理解していたのかもしれない。

離れたくなくて、一・二時間くらいずっと一緒にいました。
エサを少しでも口にして欲しくてスープ状にしてみたり、毛布をかけてあげたり。

クーにずっと触ってたら温かくて、息をしてそこに存在し続けることがもう困難で。
クー自身が苦しくて耐えられなくなったら鳴くだろうってお医者さんが言っていて、そうなったら安楽死を選ばざるをえないと母さんと話していたから、全然鳴かないクーはとてもとても強い子なのだと思う。

もしも、もしも、最後になる時が来たとしたら、私が傍にいてあげるかんね。

そう言って撫で続けてた。温かくて泣きそうだった。
何度も部屋に戻ろうとする度に寂しそうにするから、何度もクーの傍に戻った。

その夜はとても疲れて眠くてしょうがなかったけど、無性に音楽が聴きたくなって久し振りにCDを聴いてた。口ずさんだりもしてみた。

大分時間が経って一時過ぎた頃にクーを窓越しに確認して、お休みなさいと言って電気を消した。

朝になって、母さんに起こされた。
もうクーは冷たくなっていて、最後に私が見た場所にいた。あの後だったのかな。
最後の最後までクーは騒ぐ事もなく、窓一枚隔てた隣に寝ていたのに気付けなかった。

寒かったかな、苦しかったかな、辛かったかな、寂しかったよね。
約束したのに、ごめんね。

12年と半年、ありがとうね。
今日は11月3日の文化の日。

どうか、どうか。ゆっくりと眠って下さい。


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